■はじめに
韓国への鐡旅を思い立ったのは2011年の初めであり、取り急ぎ特典航空券を押さえておいた。その後、空席待ちがあれやこれやと取れ、結局4月30日から5月8日まで、述べ9日間の大鐡旅になることとなった。これだけ休めるのなら、近場の韓国ではなくもっと遠方にすればよかったとの感もするが、今さらどうしようもない。
私は基本的に、旅先の言語を勉強することなどはしないが(アルファベットを使用している国の場合、地名は普通に読めてしまうから)、しかしハングルとなると話は別である。よって今年の3月くらいから少しだけ勉強し、基本母音と子音だけは読めるようにし、簡単な挨拶と数字だけできるようにしておいた。
あとは旅程である。7日間有効の韓国レールパスを使う予定であるから、効率よく回れば全線制覇も可能であろうが、さすがに初めての訪韓で鐡だけというのも味気ないだろう。あれこれ考え(詳細を著すと長くなるため省略)、基本的に鐡旅であるが、旅程4日目には板門店ツアーに参加し、5日目には日帰り温泉施設に寄ることにして、若干の変化を付けることにした。
*今回のレート:100ウォン=約8円

■2011.4.30
年始に予約した時点では、5月1日の出発で、しかも出発地は成田で仁川着が夜遅くの便であったが、じきに朝の羽田発金浦行の空席待ちが取れ、さらに前日(4月30日)の同便まで取れてしまった。出発の前になると空席待ちに動きがあるという話もあるが、東日本大震災で旅行客が減っているというのも影響している可能性がある。
いつも通りに羽田へ向かい、羽田発は8時30分、金浦着は10時55分であった。残念ながら雨模様で、かなり靄っている。空港で最低限の両替を済ませ、地下鉄の金浦空港駅へ行った。当然のことながら券売機で切符を買わねばならず、事前の情報では韓国語と英語ということだったが、タッチパネルには親切にも日本語が追加されていた。おかげさまで、迷うことなく買えた。

@一回利用券を無事購入
まずは、レールパスの交換をするためにソウル駅へ向かった。到着後は駅から歩いて数分のところにある南大門付近の両替商で大量の両替を済ませて、それからソウル駅の旅行センター(案内所)へ向かった。
レールパス自体はすでにインターネットで手配済みであるし、クレジットカードとパスポートを見せるだけである。問題は、指定席券の発券である。1~2枚なら問題ないが、いかんせん鐡旅、旅程の中間で普通の旅を混ぜているとはいえ、7日間で都合20本以上の列車の指定をしてもらわなければならない。旅程については、口頭での説明が必要ないように、発駅・着駅をハングル・漢字・アルファベットで書き、さらに列車種別・列車番号・発時間と着時間・窓側希望の旨を、すべて紙にまとめておいてある。ただ、問題は予約本数の多さである。窓口の女性はその多さに驚き、日曜の昼間時で混雑していたため、最初の2本(初日分)だけを予約してくれた。仕方なく、「後でまた来ます」とだけ言い残して窓口を去った(会話は英語)。明日の分を確保できただけ、よしとしよう。

@今回発券した切符とレールパス(帰国後撮影)
本日の午後は、義王(ウィワン)にある鉄道博物館に行く予定である。レールパスは長距離列車のみ有効であり、近距離路線は対象外であるため(地下鉄などと同じ扱い)、切符を駅のタッチパネル券売機で買わなければならない。
運賃は1,400ウォン(約110円)と格安ながら、義王駅までは1時間ほどかかる。到着後、事前に調べたとおりに南方面へと10分ほど歩き、意外に豪華な門構えの鉄道博物館に到着した。
入場料金はたったの500ウォンだが、屋外陳列されている車両も多数あり立派である。日本製のSLやディーゼルカー、貴賓車両などもあり飽きさせないが、曇っていた空が俄かに暗くなり大粒の雨が落ちてきたため、敷地中央にある博物館の建物へと逃げ込んだ。逃げ込んだ先の施設であるが、資料は意外にも充実しており、朝鮮戦争時代の資料展示や、漢字があった頃の切符など、さらには密かにJRからの寄贈品も混ざっていたりして、ハングルが理解できなくても面白かった。

@日本製の車両もあるようです
雷雨の中を歩いて義王駅へ戻り(膝上までびっしょり)、ソウル駅まで1時間かけて帰った。さて、旅行センターで発券の続きをしてもらわなければならないが、近づいて見ると担当者が2人に増えている。同じ人だと申し訳ないので違う人の方に並んで対応してもらったが、一覧表を見て「トゥーメニー!」と驚き、またしても1日分の発券にされそうな雰囲気であったため、今度はこちらから1枚目の最後(4日目)を指して「ここまでで」とお願いし、なんとか発券してもらった。残りは、板門店ツアーなどをする日に、またここに来てやってもらえばいいだろう。
地下鉄を乗り継ぎ、予約してあった安宿(日本円で1,500円程度ながら、個室でテレビもあり、ご飯やキムチは無料で奉仕)へ向かった。夕食は、宿の近所にあった名も知らぬ市場で買った、名も知らぬ魚の煮付けとネギたくさんのパジョン(チヂミ)、そして宿の無料キムチである。

@今晩のセット
■2011.5.1
念のために4時半に起き、あれこれ準備をしてから5時半前に宿を出た。地下鉄を乗り継ぎ、清凉里(チョンニャンニ)に着いたのは6時半頃、江陵(カンヌン)行のムグンファ号出発まであと30分であり、色々と駅付近の下見をするにはちょうど良い塩梅である。
ちなみに韓国の遠距離路線では、改札業務というものがない。乗客は勝手にホームに入っていいことになっている。キセルが簡単にできそうに思えてしまうが、指定券の発券状況を車掌が把握しているため、本来空席であるところに人がいなければ、それでいいらしい(これに関しては、実体験を踏まえた感想を後述する)。
6時35分にホームに降りてみたが、すでに列車は入線していた。編成は前方から、[機関車]+[一般室]+[一般室]+[カフェ]+[一般室]+[一般室]+[特室]+[電源車]である。唯一の特室車両は、セマウル号のお古である。カフェカーには小さな売店があり、取って付けたようなパソコン(ゲームセンターのよう)も備えてある。

@謎めいているカフェカー
車両はいかにもな韓国製で、あまり繊細さはない。無骨な造りで、空調の送風口がなぜか窓枠の下側にあり、顔に風が当たってしまい目が痛くなる始末である。しかし窓枠自体は大きく、座席も小さいから全体の景色は良く見渡せるようになっている(逆に言えば、線路が日本の在来線より広い「標準軌」である=車両自体の幅にゆとりがあるのに、普通の小さな座席を備え付けてあるから、意味もなく通路が広くてもったいないとも言える)。
日曜であるためか、車内はハイキング風のリュックとザックを持っている中年が多い。乗車率は、おおむね90%というところであろうか。昨日の予約で、よく窓側が取れたものだと思う。
出発前の車内では、カヤグムによる演奏で、ビートルズのLet it beと、なぜか中島美嘉の「雪の華」が流れている(これはこの列車に限らず、ほとんどのムグンファ号で共通であった)。後日調べたところによると、日本でヒットした後に韓国でも有名ドラマで使用されてかなりヒットしたということである。

@電気機関車による牽引
定刻より遅れること2分、7時02分に清凉里を出発した。これは今日に限らず昨日から感じていたことであるが、ソウルといえば首都であり華やかなイメージがあるが、台北やクアラルンプールのような豪華さは感じられず、目に付くのは少しくたびれた高層マンション(シンガポールの下町にありそうなもの)である。昨日乗車したのは京釜線であるが、今日の中央線も同様に、あまり豪華さのないマンションが続いていった。
話は鉄道に戻り、今日は江陵へ向かうムグンファ号に乗っているが、旅程の最初にこれを持ってきたのには理由がある。現在乗車している列車は、途中から太白線を経て、さらに嶺東線へと入り、羅漢亭(ナハンジョン)にあるスイッチバックを通って行くのである。このスイッチバックに関する詳細な説明については紙幅がないため余所のサイトにお任せするが、現在この付近の巨大トンネル工事が行われており、それが開通してしまうと数駅も含めてスイッチバックが廃止となってしまうのである。
本来ならばもう消えていてもいい時期であるが(2009年に開通予定であった)、幸か不幸か工期は遅れ、未だに運行している。しかし最新の情報では2012年に正式に開通という情報もあったため、なんとかして今年中の鐡旅遂行を考えたのである。
中央線は電化されているが、その複線・高速化が進行中である。途中まではそれが完成していて快走していたが、そのうち旧い路盤を走るようになった。傍らには、工事中の複線の高架があちこちで建設中である。

@じきに、あちらを走ることになる
久々にマンションが見え始め、原州(ウォンジュ)には8時38分に到着した。トレッキング客やその他の乗客も降り、車内は40%程の乗車率になった。
石油等の輸送用であるタンク車が操車場にたくさん見え始め、それが過ぎると堤川(チェチョン)であり、9時23分に到着した。ここへは、4日後にまた来て、そして泊る予定である。
車窓は、やおら山深くなっていく。10時38分にはミンドゥンサンに到着し、対向のムグンファ号と行き違った。ミンドゥンサン以降は明らかに「登っている」ということが実感できるくらいの勾配になり、列車はゆっくりと坂を上がっていった。
山あいに突如としてマンションが現れ、太白(テベク)に11時08分に到着した。小腹がすいたので、カフェカーへ行ってクルミ入りのカステラ風お菓子とコーヒーを買った。ハングルがほとんど話せない私が言えたのは「イゴジュセヨ」と「コピジュセヨ」だけである。値段がわからないで買ったので多少の不安があったが、結構たくさん入っているお土産風のお菓子がたったの3,000ウォンであり(予想以上に安かった)、コーヒーも3,000ウォンだった(予想以上に高かった)。売店のおばさんは親切であり、ハングルができない私のため、わざわざ電卓を出してそれを押しながら値段を説明してくれた。

@お昼の代わりに
列車は嶺東線へと入り、桶里(トングリ)で5分ほど停車してから、件のスイッチバックのある区間へと入っていった。ここはスイッチバックだけではなく、Ω(オメガ)状に大きく迂回する個所もある。右下遥かかなたにその路盤が見えたりするが、一瞬であるためカメラを構えるともう過ぎ去ってしまい、うまく収めることはできなかった。

@Z型に走るため、道路の向こうに路盤が2つある
人の気配がない興田(フンジョン)に到着し、そこからスイッチバックで折り返す。日本ならば少しく時間をかけて(1両編成の場合は運転手が反対側まで行ったりして)、安全を確認しながらゆっくり後退するが、ここでは停まっていたのはほんの一瞬で、すぐに後ろに下がり始めた。これを効率的と言うか、安全ではないと言うかは個人の見解次第であろう。
バックした突き当りが羅漢亭、ここでまたスイッチバックして、本来の進行方向となって走っていく。羅漢亭駅付近については事前にあれこれ調べており、てっきりもっと田舎(山深いところ)と思っていたが、想像していたよりも人家の多いところで、スイッチバックの途中にも人の姿を垣間見ることができた。

@乗降はできない羅漢亭駅
峠を下りきったところにあるのが道溪(トゲ)で、ここには5日後にまた来て、その際は下車する予定である。
列車は北上をし続け、東海(トンヘ)を過ぎると右手に海が広がる。韓国の鉄道路線で、これだけ長距離で海が見られるのはここだけである。まだシーズンではないが、海水浴客向けの施設や店舗がたくさんあり、きっと夏には盛況になるのだろう。そのような、どこにでもあるようなレジャー感覚満載のところであるが、唯一の違いは、延々と続く鉄条網と監視小屋である。要するに、すぐ先には北朝鮮があるという事実である。
13時07分、「世界で一番海に近い駅」として有名な正東津(チョンドンジン)に到着した。ギネスブックにも載っているらしいが、海際にある駅など他にいくらでもあるから、若干の眉唾でもある。観光客も意外に多く、記念碑の近くで写真撮影をしているカップルの姿などがちらほらと見える。

@もちろん、すぐ隣りが海です
そのまま海岸近くを走り、江陵到着は見事に定刻の13時25分であった。
ここでは1時間の待ち合わせで、あとは折り返すだけである。この時間内に歩いていける観光地もないため、路盤の最先端まで行ってみることにした。この嶺東線が造られた背景としては、シベリア鉄道を利用して日本や韓国の物資を輸送することもあるらしいが(あくまでもウィキペディア参照)、しかし北朝鮮というボトルネックがある以上、それは夢物語以上の何物でもないだろう。実際、駅から歩いて10分程度のところにある先端は、ただの行き止まりであり、その先に建設の意思が強くあるようには思えない。

@北朝鮮まではまだまだ先です
駅前市街地を適当に散策してから江陵駅へ戻り、売店で燻製卵とお菓子を買い、出発の10分くらい前に開けられた改札口を通って列車へと向かった。どうせ折り返すだけだから同じ車両かと想像していたが、実際は違うものであった。しかし、車両編成は同じである。往路よりさらに旧い感じの、客室へのドアが自動ではない車両になってしまったが、しかし空調の送風口は天井にあるため、目の痛さからは開放されそうである。
定刻の14時25分に出発し、当然ながら今度は左手に海を見ながら走り続けた。
復路のスイッチバックであるが、最後尾の車両の後ろ側から見通せるようになっていたため、そこに陣取ってあれこれ撮影をした。このスペースは、本来は車掌が後方確認のために仕事をする場所であったが、「メイアイテイクアピクチャー?」と訊いたら気前よく場所を分けてくれた。「イルボンサライムニッカ?(日本人ですか?)」と訊かれたので「ネー」とだけ答えたが、ハングルができれば色々と話が聞けたのにと思った。ちなみに、このような撮影をしている人は他にまったくおらず、もともと鉄道趣味自体がメジャーではない韓国であるが、これだけ壮大なスイッチバックも「ただの坂登り」なのかもしれない。

@スイッチバック駅では、まとめて2本の列車を扱える
あとは、午前に来た路をひたすら戻るだけである。原州ではたくさんの客が乗って来たが、結局最後まで車掌による座席確認作業はなかった。思うに、田舎駅から田舎駅までの短距離移動や、立ち客がいるような大都市部では、車掌の確認作業(手もとの機器の画面を見ながら、発売席と実際の埋まり具合を確認していく)では限界があるように思われた。
終着の清凉里には、20時40分に到着した。地下鉄を乗り継ぎ、コンビニで買い物をして、宿に着いたのは22時過ぎ、シャワーを浴びて食事をすればもう23時過ぎである。明日はまた朝の5時台に出る(つまりそれより早く起きる)のだが、少し旅程を詰めすぎたようである(時刻表で旅程案を作った際は「早過ぎるかな」程度だったが、ターミナル駅から宿までの移動時間を考えていなかった)。旅程の中間に、板門店ツアーと近郊短距離路線を入れたのは、結果的に正解であった。
■2011.5.2
今日も早朝に宿を出て、5時台後半の地下鉄に乗車、目指すべきターミナル駅の龍山(ヨンサン)は昨日の清凉里よりはかなり近く、乗り換えも含めて約30分で到着した。木浦(モクポ)方面のKTXなども出発する駅であり、近代的で壮大な駅舎である。
発車の15分ほど前にホームへ降りて行ったが、すでに麗水(ヨス)行のムグンファ号は入線していた。機関車(今日は非電化区間も走るためディーゼル)を先頭に、3両の一般室、カフェカー、3両の一般室、最後に電源車である。セマウル号のお下がりの特室は付いていないが、代わりと言ってはなんだが、電源車がセマウル号のお古である。

@今日はディーゼル
定刻より1分遅れの6時51分、龍山を出発した。車両自体は昨日となんら変わりないが、機関車がディーゼル(昨日は電気機関車)であり、そのすぐ後ろの号車に乗っているため、ドコドコとエンジンの音が響いて来る。路盤が高速化されているためか、昨日よりもはるかに高速で走行しており、少し怖いくらいでもある。
7時11分着の安養(アンヤン)で乗客が増え、立席の人もちらほら出始めた。水原(スウォン)ではそれが通路を埋めるくらいまでに増えた。あまりの寝不足のために1時間ほど寝てしまったが、気づくと沿線風景に田畑が増え、立席の客も数える程度になっていた。新灘津(シンタンジン)で立席の客がなくなり、京釜線から分岐して、8時57分に西大田(ソデジョン)に到着した。
西大田を出発した後は、またぼんやりと沿線を眺め続けるた。
さて、まだ朝の9時半くらいであるが、カフェカーに行って弁当があるかどうかを確認してみることにした。行って見るに数個あったので、さっそく買ってみた。特に何が名物というものはなく、メインは安物のハンバーグで、あとは手の込んでない副菜や漬物ばかりであり、しかも値段は7,500ウォンということで町中の食堂よりかなり割高であるが、「移動する列車内で弁当を買って食べる」という事実が大切なのである。

@初駅弁(?)
ちなみに、韓国で弁当が流行らない理由として、「ご飯は温かいものを食べるため」というのがあるらしい。たしかに今回もおかずは冷え冷えだったが、ご飯だけは温かいものを出してくれた。
カフェカー内では、なんやらうねるような音声が轟いている。カラオケ音のようであったが、まさしくカラオケであった。カフェカー備え付けのパソコンの隣りに小部屋があって気にはなっていたのだが、カラオケも出来るらしい。それにしても、乗車してすぐカフェカーに乗って時間を潰してしまえば、キセルが出来てしまうのではないかとの危惧もある。
10時04分に益山(イクサン)に到着し、ここから先は全羅線に乗り入れていく。複線電化の工事中であり、その路盤が右手に沿っている。それが左手になって高架ではなく土手になり、いつのまにかそれに乗って走り続け、10時32分に全州(チョンジュ)に着いた。駅構内も、路盤工事に合わせて大工事中である。

@駅自体も工事中
少しウトウトすると、11時08分に南原(ナンウォン)に到着した。もうかなりの部分は新しい路盤を走っていて、時折、単線非電化の旧い路盤を左右に見かけていった。あれだけ混んでいた車内も、いつの間にか乗車率は5割程度になっている。
11時24分には谷城(コクソン)に到着した。駅の右手奥、少し遠いところに、セマウル号で使われていた車両などが何両か停まっているのが見える。想像するに、旧い路盤(と駅舎も?)を利用した公園か何かであろう。

@鉄道公園らしきもの発見
慶全線と交差する順天(スンチョン)には11時55分に着いたが、乗車率は2割くらいまでになった。順天から先も新しい路盤を快走し続け、終着駅の麗水には12時32分に到着した。定刻より2分の早着とは意外である。

@麗水駅(船をモチーフ?)
麗水の市内は2012年開催の万博準備で賑っており、あちらこちらで施設やビルの建設中であった。その粉じんの中をふらふらと適当に散策してから駅へ戻り、13時25分発のムグンファ号に乗り込んだ(時刻表では13時30分発であったが、発券された切符では5分早くなっていた)。しかし定刻を過ぎても出発せず、2分後になって動き出したが、次の駅到着は定刻通りであった。

@麗水駅から見通せる新しい路盤
ひたすら同じ路を戻り、オスを過ぎた頃、昨日から通してもやっと2回目となる、車掌による座席確認作業があった。
益山で下車し、今度は群山線と長項線でソウル方面へ戻ることになる。これまでとの大きな違いは、初のセマウル号乗車ということである。セマウル号といえば韓国在来線を代表する列車であり、その歴史は旧く、ただその分だけ車両も旧いのであり、さらに言うとKTX開業後は影が薄くなってしまっているのであるが、それでも歴史ある優等列車である。それへの初乗車であるから、一つの記念でもある。
駅入口付近で記念スタンプを押し(日本ほどではないが、韓国でも旅行スタンプが置いてある駅が多少ある)、すでに入線していた龍山行のセマウル号に乗車した。ガタが来ているとはいえ流石に厳かな雰囲気であり、シートピッチもゆったりしていてゆとりがある。フットレストもあり、旧い日本のグリーン車のようでもある。乗務員の女性もライトグリーンの制服で身を包み、ムグンファ号との違いが鮮明である(あとで気づいたが、この制服はKTXでも同じであった)。列車は定刻に出発した。

@初セマウル号
さて群山線と長項線の印象であるが、海は見えなかったものの、湖があったり長閑な田園風景もあったり、廃れた駅もあったりで、京釜線よりは楽しめたような気がする。

@名も知らぬ湖
17時32分の大川(テチョン)でほぼ満席となり、新昌(シンチャン)では日立製のヌリロ号を追い越し、夕暮れの中をセマウル号は快走していった。私は龍山までの指定券を押さえていたが、地下鉄路線網の図とにらめっこした結果、永登浦(ヨンドゥンポ)で降りることにした。その方が、宿に早く帰ることができると思ったためである。
永登浦駅付近で夕食でも買えるかと思って探してみると、なんとロッテデパートの地下惣菜売り場で「閉店間際の投げ売り」をやっているではないか。私はいつもスーパーやデパ地下の半額投げ売りを愛用(?)しているのだが、まさか韓国でも同じことができるとは思わなかった。しかもロッテデパートの代物なら、当然のことながら屋台で買うよりは信用があるだろう。
閉店まであと10分、必死のおねえさんの呼び込みの手元には、「3」「10,000」とあるので、3つで1万ウォンなのだろうが、おねえさんの口元からは「ネーゲー、マノォーン」の声が聞こえる。少し勉強したハングル知識によれば、ネーゲーは4個である。元々は1個あたり6,000ウォン程度の総菜であるから、かなりのお買い得である。あれこれ悩み(おねえさんはイカの寿司を勧めるが、私は「つまみ」が欲しかった)、海鮮炒めや串団子など、厳選の4品を選びきった。

@本日の獲物
さて、この件はこの駅で降りた「良い点」であったのだが、世の中良いことばかりとは限らない。ロッテデパートの高級紙袋を提げて地下鉄乗り場に行ったのはいいが、これまでの券売機にあった「日本語」がタッチパネルにないのである。どうやら、大きな駅や新しい路線の券売機には英語や日本語の案内があるのであるが、旧い駅や路線には備えてないようであった。少しく戸惑ったが、ハングルの母音と子音を覚えておいたのと、日本語の案内での操作で何回か券を購入した経験により、なんとか目的地を選ぶことができた。それらの前知識がなかったら、お手上げであっただろう。
■2011.5.3
今日は、鐡旅ながら鉄道に乗らない1日である。板門店ツアーで中休み(?)するためであるが、本来は早朝にKTXの幸信(ヘンシン)からソウルまでを試し乗りをするつもりで、実は7時10分発の指定券も押さえてあった。しかし、連日連夜の4時台起床でその気力もなくなり、ツアー参加だけにすることにした(それでも、旅程後半の指定券を発券してもらうためにソウル駅へ行く必要があったことから、宿を朝の7時過ぎには出たが)。
今回利用したツアーでは臨津閣に寄るのだが、ここでは非武装地帯で放置されていた銃弾だらけSLが展示されている。これは有名なのだが、そのすぐ近く、展望台などのある大きな建物の反対側に、SLと旧い客車も展示されているので、鉄道好きで板門店ツアーに参加される方は注意しておいても損はないだろう。

@売店などの入っている大きな建物より奥にあります
肝心のツアーは快晴に恵まれ、また北朝鮮の警備兵も見られたし、バスの座席が写真撮影に好適な右窓側だったのも幸いし(敷地内の車内では立つことも許されないため、着席位置で写真の撮れる範囲が大きく変わる)、なかなか充実したものであった。
宿に戻ってからは、近所の市場や鶏肉店にあった惣菜などで一献。テレビではアニメ「ベルサイユのばら」をやっているが、オスカルが流暢なハングルであるのがなんとも趣深い。

@北朝鮮兵も見ることができた(バス車内より)
【以下もご覧ください】



コメント