■はじめに
今回の旅は、カンボジアに行って、JR北海道から譲渡されて運行されているキハ183系に乗る旅である。それらの車両は、2024年4月に譲渡され、その年の11月から定期運用されているものである。この手の車両(海外への譲渡)については、いつまで平穏に運行されるのか不安であるため、きちんと運用されている間に乗ることにした(マレーシアに譲渡されたJRのブルートレイン車両「マラヤンタイガートレイン」が、あっという間に運行を休止して乗れなかった痛い思い出がある)。
カンボジアの鉄道については、今から9年前の2017年、シアヌークビルまで往復したことがある。その際は機関車に牽引されるオンボロ客車であり、シアヌークビルで1泊する必要もあった。今回は日帰りが可能なタイムテーブルであるし、北線でも運行を開始したため、そちらを使ってバッタンバンへも行ってくることにした。
切符はネットで購入可能であり、座席の位置まで指定ができる。2日間分、いずれもファーストクラス(日本時代はグリーン車として使用されていたハイデッカー車両)を予約してある。最初はRoyal Railwayで予約しようとしたが、PayPal登録の名前(ローマ字)が一致しないということで弾かれたため、easybook.comで予約をした。シアヌークビル行のファーストクラスが片道17ドルで、バッタンバン行のファーストクラスが片道15ドルである。多少の手数料が掛かるが、予約決済してそれをデータ保存(もしくは印刷)しておけば良いだけなので、至極簡単であった。
【旅程】
1日目:深夜便で羽田からバンコクへ飛び、乗り継いでプノンペンへ。プノンペン市内観光(プノンペン泊)。
2日目:キハ183系でシアヌークビル(実際はカンポット)往復(プノンペン泊)。
3日目:キハ183系でバッタンバン(実際はモウン・ルセイ)往復(プノンペン泊)。
4日目:市内観光後にプノンペンからホーチミンへ飛び、羽田行に搭乗(機内泊)。
■2026.10.29
明日出発の深夜便(0時05分発)に乗るため、今日は羽田まで移動するだけである。急に寒くなったが、現地で厚い衣服を持ち歩きたくないため可能な範囲の薄着で最寄駅に向かい、羽田に移動した。
搭乗までは、ラウンジでまったりである。…と言いたかったが、居酒屋と勘違いしているおっさんの集団が大騒ぎしていて、雰囲気は悪かった。

@ラウンジ飯(ANAで使えるのはあと1年半)
酔っぱらってから搭乗口に向かい、離陸も気づかず就寝。
■2026.10.30
到着予定は5時10分であったが、実際には4時15分にバンコク(スワンナプーム)に到着した。深夜便の早着は逆にしんどいが、なぜか良くあることである。
プノンペンへの乗り継ぎ便は、サテライトターミナルからの出発であった。何度も使ったことがあるスワンナプーム空港であるが、サテライトは初めてであると思う。

@これでサテライトへ移動
無料Wi-Fiがあったのでそれで2時間ほど暇つぶしをしてから、7時頃にプノンペン行に搭乗し、7時30分頃に出発した。
それにしても、機内は空いている。タイとカンボジアは国境で揉めているところもあるので、関係が冷えているのであろうか。私の席は通路側であったが、周囲はガラガラであったので、ドアが閉まった後に窓側に移動した。

@機内食
8時45分頃、プノンペンに到着した。カンボジアでは米ドルが普通に使えるが、バスで使うために2ドルだけ両替をしてから、バス乗り場に向かった。建屋を出てタクシー等の誘いを断り、ひたすらまっすぐ5分ほど歩いた場所にあるのがバス乗り場である。ちょうど、市内から来たバスが乗客を降ろしてこちらに来るところであった。

@空港アクセスバス
市内までの料金は、たったの1,500リエル(約58円)である。タクシーに乗れば20ドル以上(3,200円以上)であるから、これに乗らない手はない。
両替したばかりのリエルから、1,500リエルを料金箱に入れた。私の次に待っていた旅行者は「1ドル?」と聞いてドルを入れようとしていたが、リエルでないとダメなようであった(ネットで調べると「1ドルで乗れた」という記述もあったが、それは恐らく運転手による独自の判断であったのだろう。実際には、リエルかQRコード払いの二択である)。

@切符
リエルを持っていなくて困っていた旅行者であったが、その後ろにいた現地の若い女性が、個人的に1ドルを両替してあげていた(レートが気になるが、優しい人である)。
バスは、私を含めた3人だけの乗客で出発した。車内では案内放送もあるし(英語もある)、電光掲示もあるため、降りるべきバス停を逃すことはないであろう。日本と同じ「降車ボタン」を押して知らせるタイプである。

@案内は充実している
午前中であるため交通量もそれほど多くなく、約45分で到着したカナディア公園バス停で下車した。
ホテルのチェックインは12時以降であるため、それまでは荷物を持ったまま徒歩観光である。まずは、明日から使用するプノンペン駅に向かってみた。以前は大きな肖像画が飾ってある荘厳な感じであったが、今は携帯会社のマークだらけである。というのも、建屋内が携帯会社の店舗とコーヒー店になっているからである。

@駅です
駅の近くにSLがあったはずなのでそれも再確認しておこうと思ったのだが、なぜか見当たらない。駅舎(一応、小さな切符売り場が残っているため駅としての機能も残っている)の中を通り抜けてホーム側に行ってみると、係留線の一番端にSLが置いてあった。

@SL
定番アイテムを確認した後は、セントラルマーケットをぶらぶら歩いて、国立博物館(10ドルに値上がりしていた)を見学し、スーパーで食材を買ってから13時過ぎにホテルにチェックインした。

@道端にあった石材店
まだまだ時間があるが、王宮や虐殺博物館は前回の旅行で訪問済みである。しばし休憩してから、再度スーパーやコンビニを巡って食材を探し求めた。私は元よりグルメではないし、酒のつまみになれば何でもいいので、買ったのは缶詰などの安食材などである。
買ったビールは、「うまい麦」であるが、日本製ではない。日本では絶滅したプルトップであり、しかも飲み辛い形であったため、コップに移して飲む必要があった。

@日本風
■2026.10.31
今日からは、やっと鉄道の旅である。シアヌークビル行の出発時刻は7時00分であるが、6時40分に出発するバッタンバン行を見送るために少し早めにホテルを出て駅に向かった。
6時半前にホームに行ってみると、すでに2編成とも入線していた。

@右側がシアヌークビル行
両編成とも4両編成であり、前から2両目がファーストクラス(元グリーン車)である。タイのように大幅な塗装変更は行われておらず(正確には「JR色に再塗装された」)、何度もJR北海道で乗ったことがある車両なので、懐かしい限りである。
ヘッドマーク部分は、それぞれの行先が記載されていた。

@シアヌークビル行
しかし、両編成ともであるが、片側のヘッドマークが違う行先になっていた(シアヌークビル行はバッタンバン行に、バッタンバン行はシアヌークビル行に)。運用を繰り返して車両の付け替えをしているうちに、入れ替わってしまったのであろうか。
いずれにせよ、乗降用のステップ前には行先が書いてあるため、それに従って乗車すれば間違いはない。

@入口の案内
バッタンバン行の後ろ側には風変りな1両編成の車両が停車しているが、これ(AS-1000)はメキシコ製のレールバスであり、空港連絡鉄道として一時期活躍していたものである。前回訪問後に空港連絡鉄道工事中のニュースを聞いて、「開通したら乗りに来ようか」とも思っていたが、空港自体が新しい場所(テチョ空港)になってしまって空港連絡線は運休になってしまった。しかし、今でも北線や南線で運用されることがあるということなので、これはこれで乗ってみたい。

@レールバス
6時40分前になったので、バッタンバン行の出発を待った。定刻より5分遅れて、ゆっくりと出発して行った。
撮影後は、印刷してきた紙を係員に見せて、シアヌークビル行の車内へ。懐かしいグリーン用座席である。だいぶ昔のことであるが、グリーン車が利用可能なJR北海道のフリー切符を使って何度も座った座席である。

@久々に
先頭車両(セカンドクラス)に行ってみたが、車内の乗客は皆無であった。前から3両目のセカンドクラスはかなり混んでいたので、乗客を同じ車両に集めているのかもしれない(掃除などの関係だろうか)。ネットの記事で「セカンドクラスの指定席を買ったのに違う車両に移動させられた」のような記述があったが、もしかしたら便宜的に一部の車両に集めているのかもしれない。

@ガラガラ
6時58分に警笛が鳴り、7時01分にプノンペンを出発した。しばらくは歩くような速度であり、沿線には朽ちたテントのようなスラム街が続いていった。
前回乗車したボロ車両と比較して、快適さは雲泥の違いである。私の右側には若いカップルが乗車しているが、フットレストなどをあれこれと珍しそうに操作していた。

@これを見ながら操作が可能
しばらくはプノンペンの街中を走るが、徐行運転の連続である。40分くらい走って貨物ターミナルを過ぎると、若干マシな速度になっていった。昔懐かしいオルゴールに続いてアナウンスがあったが、カフェの営業案内であった(ハイデッカー車両には売店スペースがあり、そこがそのまま活用されている)。

@今は違う許可証でしょうが(売店内)
車両内左側の1列座席に座っているが、こちらは日が当たるため撮影は難しいし日差しも痛い。本当は「往路は右側、復路は左側」にしたかったのであるが、予約画面上ではどちらが進行方向か分からなかったので、とりあえず画面上の右側に一列席があったので往路をそちらにしたのであるが、これは外れであった。

@綺麗な蓮を見ながら走る
幸いなことに今日は若干雲が多めであるため、日差しが雲で覆われたタイミングを狙って撮影を続けた。
9時17分、タケオに到着した。ホーム上には売店がいくつも出ているが、下車した乗客は数人だけであり、すぐに見限ってバイクで移動を始める売り子もいた。

@タケオ駅
同駅を9時21分に出発。その後は、湿地と田んぼの境目が良く分かりにくい場所を走り続けて行った。
10時05分頃に信号所のような場所に入り、貨物列車と行き違った。前回乗車時は行き違いでかなり待たされたので、その点は改善されたのかもしれない。

@貨物列車発見
平地続きであったが、次第に左右に岩山が見え始めてきた。しばらくすると、あのオルゴールが鳴り、次の停車駅であるケップが近い旨のアナウンスがあった。
11時30分、ケップに到着した。下車したのは数人だけであり、その人たちはトゥクトゥクの運転手と交渉してどこかに消えて行った。
前回乗車時は停車する各駅で下車してちょっと歩くことができたが、今回は車内から見送るだけである。

@ケップ駅
同駅を11時33分に出発。次の停車駅であるカンポットには、12時03分に到着した。定刻より、51分の遅れである。かなり大人数下車して、ファーストクラス内の乗客も3分の1くらいに減ってしまった。
終着のシアヌークビルでの折り返し時間は、30分も無い。恐らく今乗っている車両が折り返すのであろうが、万が一違う編成が待っていてそちらが先に出発されたら、元も子もない。
譲渡された車両数に限りがあるためそのようなこと(2編成対応)は絶対ないと思うが、いくら乗り鉄である私でも「降りてすぐ引き返し」は面白くない。そこで、思い付きでカンポットで降りてみることにした。

@ぶらり途中下車
初めて乗る路線であれば是が非でも最後まで乗るが、シアヌークビルまでは9年前に乗っているため、今日は予定変更でカンポット観光である。
しかし、下調べもしていないのでこれからスマホと相談しなければならない。その前に、目の前にいる貨物列車を撮影したり、別の貨物列車が入線する様子の動画撮影をしたりした。

@貨物列車
トゥクトゥクの運転手が「30分で滝に行けるよ」などとスマホで動画を見せながら誘ってくるが、興味がないし(散財にもなるため)それを体よく断ってから、市街地に向かって歩くことにした。片道40分以上掛かるが、カンボジアにしては暑さが比較的厳しくない季節であるし、先述した通り今日は雲が多めである。

@カンポット駅
12時30分頃から、市街地に向かって歩き始めた。排水が悪くて水たまりになっている道路などを歩き続けること30分、大きな市場に行き当たった。内部では、細い路地が迷路状になっており、多種多様なもの(海鮮から雑貨まで)が売られていた。衛生面的にはハテナというところもあり、細い路地には物乞いの人も数人いて、インパクトが大きい場所であった。

@この辺りは綺麗であったが、奥に行けば行くほど…
その先も歩き続け、ロータリーまでやってきた。先述した通り雲が多いため、日傘の出番も限定的であった。
ロータリーの中央に鎮座していたのは、巨大なドリアンであった。ドリアンが名産なのであろうか。

@スイカならぬ、ドリアンの名産地
再度歩き続けて大きな川沿いまでやって来たが、雲が切れて日差しが強くなってしまった。セブンイレブンがあったので避難しようとしたら休業中であり、仕方なくスマホで調べてそこから徒歩数分の場所にあったローカルコンビニに行き、割引になっていたスポーツドリンクと、せっかくであるからドリアンアイスを買ってみた。

@暑さ対策セット
私はドリアンは食べられないが、ドリアンは加工すると(クッキーなど)まろやかになって食べられるものもある。後者を予想して買ったアイスであったが、予想外に本物のドリアンに寄せているものであった(「良くできている」とも言えるが)。急ぎ足で平らげて、スポーツドリンクで流し込んだ。
その後も日傘を差しつつ歩き続け、駅には14時40分過ぎに戻ってきた。しばらくPC作業などをして、定刻の16時15分になったが、もちろん列車は来ない。

@待ち人来たらず
16時15分を過ぎると、2件あった売店も店仕舞いを初めてしまった(遅くまで待つつもりはないらしい)。私以外に待っている乗客は2人の西洋人だけである。駅舎内は、私を含めた乗客3人、駅員4人、野良犬多数(7~8匹)という状態である。

@寂しい
しかし、17時を過ぎるとトゥクトゥクなどが駅前に増えてきた。これはもしかしたら、遅れが定常化しているため、「いつもの時刻」に集まり始めているのかもしれない。17時30分には親子(お父さんと小さい娘さん)が自家用車で来たが、明らかに「列車でも見に行こうか」という感じである。そのうち、保線係の人が増え、駅前で客待ちをする車両も12台くらいまで増えて、18時も過ぎてすっかり暗くなってからやっと列車が入線してきた。

@やっと来た
用意されたステップに乗って車両に乗り込み、18時13分にカンポットを出発した。定刻から約2時間の遅れである。
プノンペンで連泊しているため旅程的には問題ないが、せっかく往路と逆側の席を押さえておいたのに、これでは景色が見られる時間が皆無である。
しかし、蒸し暑い外で蚊に追われながら待っていた身としては、グリーン車用座席は快適である。しばし、くつろぐしかない。

@空いている(乗車率は3割くらい)
そのうち、スコールも降り始めた。ケップも出発し、本来であれば左右に岩山が見えるはずであるが、もう真っ暗で不可能である。
実は往路の車中で、右手に良さげな景色が見えた際に空いている右側席に移って撮影を何回かしている。ということで、「本来は復路でこれが見えたはず」という写真を貼っておきたい。

@本来はこれが見えたはず
その後も漆黒の中を走り続け、2時間20分遅れの22時50分にプノンペンに到着した。これだけ遅延したのでは、旅行者的には使い辛い(需要はバスに奪われてしまう)であろう。
20時台に到着すれば駅近くにあるファストフード店に行こうと思っていたのだが、もう閉店している。よって、翌日に行こうと思っていた韓国系コンビニ(24時間営業)に行って、半額になっていたミニ弁当と、カンボジアビールを買ってホテルに戻った。

@割引品など
■2026.11.1
5時台に起きて準備をして、6時15分くらいにホテルを出た。昨晩は一献をしてから寝たのが24時過ぎであり、少しく寝不足である。
駅まで歩いて行き、ホームへ。昨日と同じ状態で2編成停車しているが、今日乗るのは左側のバッタンバン行である。

@バッタンバン行
しかし、ヘッドマークには「シアヌークビル行」と表示されている。先述した通り、乗り口の案内板は「バッタンバン行」になっているから混乱は無い。
デッキを上って車内に入り、自席へ。こちらの編成も、左側が1列席であった。1両目のセカンドクラスに行ってみると、今日も回送状態(乗客皆無)であった。
こちらの車両は先頭座席から前方を見渡せるため、座席指定ができるのであればそこに座りたいが、難しいようである。

@日本時代と変わらない座席
定刻から遅れること2分、6時42分にプノンペンを出発した。しばらくして若い女性の係員が切符(私の場合は印刷した紙)の確認に来たが、今日はそれを回収していった(昨日は確認しただけ)。編成によって、手順が違うようである。
昨日と同様にノロノロ運転を続け、30分くらいするといったん停止した。再出発すると、左手に南線が分岐していった。

@ここから先が初乗車区間
そこから数分進んでいくと、貨物列車が見えてきた。これは、南線から北線へ繋がる短絡線(ショートカット路線)であり、スイッチバックしなくても移動できるようになっている部分である。

@貨物が停車しているので分かりやすい
この辺りから、列車は多少まともなスピードで走り始めた(日本時代に比べれば、もちろん遅いが)。路盤が右へカーブすると、日も当たらなくて快適になっていった。
これは昨日から感じていることであるが、各踏切には踏切番の係員がいる。都会ならわかるが、田舎の細い道路にもいる。恐らく、ちゃんとした機械の踏切を導入するより、超安い人件費で雇用した法が安上がりなのであろう。

@子連れの踏切番も(旗と帽子は共通装備)
昨日と似たような田んぼと湿地の景色が続いていたが、次第に草原のように変わっていった。所々では信号所(行き違い施設がある)があるが、その近くには朽ち果てた建物があるので、大昔は駅であったのだろう。
沿線では、地元の子供やおじさんがこちらの様子をスマホで撮影している。1日に1往復しかない(しかも毎日運行ではない)から、珍しいのであろうか。

@朽ちた駅舎
9時22分、ロメアスに到着したが、乗降がないためであろうかすぐに出発してしまった。
同駅出発後は、さらにスピードが速くなった。もちろん日本時代と比較すればかなり遅いが、南線では無かった感覚である。旅客列車の再開が北線の方が新しかったから、路盤などが良く整備されているのであろうか。

@草原を走る
ふと気づいたが、車内アナウンスがない(もちろんオルゴールもない)。売店に関する案内もないが、そもそも営業していなかった(乗客が少ないからであろうか)。
10時40分、バムナックに到着した。止まっていたのは2分だけであったが、その間にステップ無しで路盤に降りて売店で水を買う強者もいた。

@バムナック駅
同駅を10時42分に出発。快調に走っていた車両であるが、しばらくして速度が遅くなっていった。峠というほどではないが若干勾配があるようで、周囲の景色も丘が多くなっていった。キハ183系のエンジンは強力だからもっと飛ばせるのになぁ、と思うが、路盤の状況がそれを許さないのであろう。

@上り坂
平坦な路盤に戻り、11時48分にポーサットに到着した。ここでしばらく停車時間があるようで、西洋人の乗客も下車して駅前に出店している屋台に向かっている。私は買い物はしないが、撮影のために降りてみることにした。

@あれこれ撮影
休憩の途中、切符の回収をしていた若い女性の係員が、乗り継ぎについて声を掛けてきた。私としては単純往復するだけなので「プノンペン行に乗って戻るから大丈夫」と言ったのだが、実はこの時点で重大な誤解をしていた(お互いの語学力不足)。
昼時であるし、弁当などにも惹かれるが、暑さ的に心配なので持ってきたお菓子で我慢である。

@買い物する乗客たち
同駅を11時59分に出発。だんだん路盤が左側に向いて、太陽もだんだん南へ移動したため、完全に日が左から入ってくるようになってしまった。カーテンを閉めて、その合間から外を見続けた。
そこでふと、先頭車両のことを思い出した。前方が見渡せる部分には関係者が座っているのだが、行ってみると不在であったので、数分お邪魔して前方の様子を撮影してみた。

@前方画面
自席へ戻ったが、速度はまたしても低速である(車体もゆらゆら揺れている)。周囲が湿地帯であるため、これが限界なのかもしれない。
低速走行を続けて、13時47分にモウン・ルセイに到着した。多くの乗客(と言っても十数人だけであるが)が下車したが、先ほどの女性の係員が来て、「列車はここまで。バッタンバンへは車で」と言うではないか。

@モウン・ルセイ駅
どうやら先ほど彼女が言っていた「乗り継ぎ云々」というのは、路盤の一部が洪水で不通になったため、車に乗り換える必要があるということだったのである。
しばし考えたが、私は「ここに残ります」と言った。車でバッタンバンまで行っても意味がないし、仮にそれに乗ってバッタンバンで降りて、戻りの車にすぐに乗ろうとしたら、運転手に止められるのがオチである。
「車内で待ってもいい?」と聞いたらOKが出たので、荷物を座席に置いて、しばし撮影タイムである。

@今日の運行はここまで
車内に戻ってPCを起動させていると、先ほどの女性がやってきて、戻りの出発時刻が4:30(16時30分)であることをスマホで教えてくれた。この時点で14時くらいであり、2時間半もあるが、何もない状態で外で待たされたカンポット駅よりは何倍もマシである。今朝は時間がなくてできなかった語学学習アプリをしたり、PCをつついたり、太陽が雲で陰ったら外に出て撮影をしたりして過ごした。

@こんな角度でも
線路上を歩いていて気付いたのであるが、枕木が木でもコンクリートでもなく、鉄であった。私的には、初めて見たものである。
16時頃から乗客を乗せたトゥクトゥクなどが駅に来始めて、その後は往路の乗客を乗せた車も違う乗客を乗せて戻ってきて、16時29分に汽笛が鳴り、16時30分にモウン・ルセイを出発した。
しばらくは、湿地帯であるためスロー走行である(車にどんどん抜かれていく)。何やら採取している男性、泳いでいる子ども、顔以外を沈めている水牛、草を食む牛などが見えていった。

@湿地帯
左手の景色を見続けていたが、道路が並走しているためあまりインパクトはない。往路乗車時は日差しが強くて良く見られなかった側に移動してみると、日が落ち始めて良い感じになり始めていた。残念ながら雲があって夕日の撮影は無理であったが、これはこれで印象的であると思う。

@日の落ち始め
18時を過ぎると外はもう真っ暗であり、PCがお友達である。暗闇の中を走り続け、23時27分にプノンペンに戻ってきた。昨日より遅いが、到着予定時刻と比較すると遅れは1時間程度なので、まだマシであろうか。
昨日と同じ韓国系コンビニに行って、今日もまた半額弁当である(量が少ないのは、部屋に余っている食材があるため)。

@今日も半額
それにしても、この感じでは収支は良くないであろう。1編成運行するのに、運転手や数名の係員、各駅の駅員が必要であるし、踏切番も大人数必要である(この人たちは、貨物列車対応もしているが)。鉄道の利点は大人数を乗せられることであるが、プノンペン到着時に下車したのは20人くらいである(バス1台で代替可能)。国策としての鉄道運営であれば収支は関係ないのかもしれないが、寂しい限りである。

@車内の掲示
あと気になったのは、雇用形態である。往復とも同じ人員であったので、今日の彼らは17時間労働である(準備等も含めればもっと長い)。さすがに、毎日これでは無理があるだろう。日本の雇用形態なら、往路と復路は別のクルーになるくらいの勤務時間である。
そんなことを考えつつ一献して、1時過ぎに就寝した。
■2026.11.2
今日は、市内観光をしてから帰るだけである。まずは、独立記念塔へ行ってみた。

@お上りさん的に
当初は「早起きして7時出発の列車をどこかの沿線から撮影しよう」と思っていたが、昨晩の到着が遅れてしまったため、それはもう諦めることにした。二度寝をして、起きたのが7時半くらいであった。
王宮は前回入ったので、今日は外から見るだけである。大きな川のほとりを歩いたりしてから、部屋に戻った。

@お上りさんPart2
11時半前にチェックアウトをして、駅の北方面にあるショッピングモールへ行ったりしてから、空港バス乗り場へ向かった。同じ場所(道路の対面)にあるバス停であるが、空港から来た場合はCanadia Park、空港へ行く場合はUniversity of Health Sciencesであるため、注意が必要である。
ということで、旅の最後は60円バスで締め括りである。当初予定は夕方の便だったのであるが、それが直前になって20時に変更になってしまった。空港で時間が余り過ぎてしまうが、もう他に行きたい場所もないため、空港で時間を潰すことにしている。

@やってきた
カンボジア到着時は3人しか乗客がいなかったバスであるが、今回は途中の停留所からも増えて、10人くらいになって空港に到着した。
約1年前(2025年9月)に開港したテチョ国際空港であるが、とてつもなく巨大であり都市の規模に合っていないくらいである。しかし、都市の規模の割に小さくてひたすら待たされるよりは、こちらの方が良いであろうが。

@空港です(寺ではありません)
ロビーでこの旅行記を書いたり動画を観たりして、15時前くらいに案内の電光掲示板を見ると、20時00分発のホーチミン行に「Delay」とあるではないか。元より2時間程度で乗り継がないといけないので不安になってメールを見ると、カンボジア航空から「もし早めに空港に行けるのなら、17時30分のカタール航空に変えて」と緊急メールが来ているではないか。
慌ててカタール航空のカウンターに行ったが、あれこれ調べた挙句「無理」とのこと。カンボジア航空のカウンターに行くと、こちらでもあれこれ調べた後に偉そうな人がやって来て、「時刻は元に戻った。あの後別のメールが行っているはず。お騒がせしてごめんね。ファーストクラスのラウンジをあげるから」と、渡されたのが初めてのファースト用招待券である。

@なぜか
だいぶ慌ただしいことになりかなり焦ったが、結果論としては、残りの4時間を硬い椅子ではなくてファースト用ラウンジで過ごせることとなった(メールを見ると、「先ほどのメールは無視して」というメールが後追いで届いていた…)。
出国手続きをしてファースト用ラウンジに向かったが、厳かな内装でテーブルにはカトラリーがあり、却ってPC作業もやりにくい。QRオーダーがあったので、せっかくであるから1品(地物っぽい料理)を頼んでみた。

@激旨
通常のラウンジ(取り分け料理)とは雲泥の違いであり、これが長距離便の搭乗前であれば何品も頼んで酒を何杯も飲んで酔って搭乗するが、ホーチミンで乗り継ぎがあるため、1品だけで自粛である。
旅行記を書いたり写真データを整理したり、動画を観たりして過ごしてから、搭乗口に向かった。バスで向かった先で待っていたのは、想定外に小さなプロペラ機(ATR)であった。これでホーチミンまで飛んで、ラウンジでしっかりと酔い、ANA便で帰国するだけである。

@これで帰る


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